学び|気づき

「生きてるだけで丸もうけ」を考察してみた

ご訪問くださり、ありがとうございます。

一般社団法人 思考の学校 認定講師の石倉かおりです。

『ネガティブ思考を味方につけて、人生を幸転させる専門家』

40代-60代のセカンドライフ世代が幸せな人間関係を築くお手伝い✨

このブログでは、私が思考の学校に出会ってからどのように変わったか、そしてそれはどんな学びや気づきがあったからか、を中心に、私の講座情報や私と私の潜在意識ちゃんの日常の一コマなどを発信していきます。

  • 自分の現実を自分で変えたい!
  • このまま人生終わりたくない!

そんな方にお届けできたら嬉しいです。

明石家さんまさんのお嬢さまは「いまる」さんというお名前ですが、その由来は、さんまさんの座右の銘である、「生きてるだけで丸もうけ」からとったと言われています。

私はこの言葉を

  • 生きてるだけで素晴らしい
  • 命があるだけで価値がある

↑ こんな風に解釈していました。

ただ最近ちょっとした気づきがありまして、本日はこの「生きてるだけで丸もうけ」を思考的にもう少し掘り下げてみたいと思います。

私が気づいたことというのは、「生きてるだけで丸もうけ」と思って毎日を過ごせたら、揺るぎない豊かさを手にいれることができるだろうな、ということです。

今日の投稿を読んでいただくと

  • 実は生きてるだけで本当に丸もうけだった
  • 実は生きてるだけで沢山与えてもらっていた

そんな事を思っていただくきっかけになるかと思います。

特に、「思考を見直しているのに、全然豊かになってない」と思っている方にはぜひ、最後までお付き合いいただけると嬉しいです。

生きているだけで沢山与えられている

私たちは生きているだけで、実に沢山の事を与えてもらっているのだなぁと、最近つくづく思います。

そしてこれに気づけるかどうかが、豊かさを手に入れるカギだと段々わかってきました。

でも、あまりに「当たり前」すぎて、多くの人がこの事実を

  • 「忘れて」
  • 「ないことにして」

しまっています。

だって、「当たり前のこと」って、気づくのが中々難しいですよね。

例えば、私たちの周りにいつでも当たり前に存在している「空気」

あまりにも当たり前すぎて、よほど高い山に登ったり海の底に行かない限り、空気のありがたみを1秒1秒かみしめているという人はあまりいないと思います。

私もその1人です。

でも、見えなくても、いつでも、どこでも、誰にでも、いくらでも、空気は存在して、私たちは常に与えられているのです。

思考の学校では「いばりん坊」という言葉を使ったりするのですが、そういう方は色んなことを「当たり前」と思いすぎていて、「当たり前のありがたみ」に気付く力が弱かったりするな、と個人的に感じています。

思考を学ぶ前の私も、もちろんその1人でした。

でもそれは実にもったいない考え方だと気づきました。

なぜなら、周りに「すでにある」、「すでに与えられている」沢山の恩恵を「ないこと」にして、不足にばかり気を取られていると、「不足感を感じる現実」しか創れなくなってしまうからです。

本当は「ある」し、「たくさん持っている」のに、それに気づけずに不満や愚痴の多い人生を送るとしたら、ちょっと言葉が強いかもしれませんが、「生き方が下手っぴだな」と思ってしまいます。

「ありがたい」「当たり前じゃない」

もし、今まで何をしても現実が変わらなかった、と思っている方がいたら、ぜひ、「今までとは違う行動・違う考え方」をしてみていただきたいです。

なぜって、今までと同じことをしていても、多分何も変わらないし変えることができないと思うからです。

変えたい現実があるのなら、今までやってこなかったことに挑戦してみるほうがはるかに効果的だと思います。

私が提案したいのは、「生きているだけで、実は沢山与えられている」という考え方を採用してみることです。

実は「生きてるだけで丸もうけなのかも」と思ってみるということです。

こうして、身の回りに当たり前」に存在する恩恵をしみじみ感じることができた時、豊かさに気づくことができて、豊かな人生を手に入れることができるようになるはずなのです。

周りの人の声は神様の声

「周りの人の声を、神様の声だと思って聞けると、いいですよ。」

これは、思考の学校で学んでから、私が自分でも肝に銘じていること、そして受講生さまにもよくお伝えしていることです。

こんな風に周りを見てみると、実は生きてるだけで沢山与えてもらっていることに気づくヒントになるかなと思います。

「周りの声は神の声」のメカニズムを解説するとこんな感じです。

私たちの潜ちゃん(潜在意識)は、主語を認識しないという特徴があります。

なので、私=他者、他者=私、私の周りは360°全部自分なのだ、と考えてみます。

としたら、自分以外の人々が話すことというのは実は、私たちが潜ちゃんで思っていることであり、潜ちゃんからのメッセージであると言えるのです。

例えば、自分の身近な親やパートナーからの(耳の痛い)アドバイスなどを、「神様の声」と思って聞いてみれるといいかなと思います。

でも、私たちは誰か遠くにいる素晴らしい人、例えば思考の学校侑嬉校長から

  • もっと素直になった方がいいよ
  • 人前でばかりいいカッコしないで

と言われたら、「確かにその通り!」と素直に納得したりできます。

でもこれが親やパートナーに言われると、スルーしたり、反発心があって素直に受け取れなかったりするんですよね。

でもでも、高い料金を払って侑嬉先生に質問しなくても、とても身近な人々から、実は日常的にたくさんの「神様的なアドバイス」をもらえているんです。

ぜひ、そんなふうにも考えてみていただきたいです^^

そしてもう1つ。

思考の学校で「ネガティブは宝」とお伝えしていることも、書きたいと思います。

これは、「自分と他者を切り離して考えない」こと、要は目の前にいる人は自分の一部分である「ひとかけら」を見せてくれている存在と考えることに通じます。

例えば、「私を否定してくる上司」。

2022年に退職するまで、私に対してとても高圧的で私を否定してくる、モラハラ&パワハラ(と思っていた)上司の方がいました。

その方の特徴を一部お伝えすると

  • 机をバンバン叩いて威嚇する
  • 大きな声で高圧的な話し方をする
  • 私の行動を逐一チェック
  • 夜中の2時にダメ出しのメールを送ってくる

こんな感じでした。

その頃の私は思考のことを学ぶ前だったので

  • なんちゅー嫌なやつや!
  • 私より20歳も年上のくせに、こんなことしかできんのか!
  • こんな70代にだけは絶対になりたくない!
  • みんなに嫌われてのによくそんなにエラそーにできるな!
  • みんなお前に迷惑しているのに!
  • さっさと辞めろ!老害め!

と悪態のかぎりをついていました。(皆様、私はもう改心したのでどうかドン引きしないでくださいませm(_ _)m)

さて、思考のしくみの大原則として

思考が先

現実が後

というものがあります。

ということは、この

  • 威嚇する
  • 高圧的
  • コントロール欲が強い
  • ダメ出しばかり

の上司は私であり、彼を創り出したのは、私の思考と言えるのです。

口には出さねど、心の中ではいつもいばりん坊で人を自分の思い通りに動かしたくて、すぐに「これはダメ」とジャッジする私の思考が、この上司の方に映し出されていただけだったのですね。

でも当時の私はそんなことに全く気づくことはできませんでした。

あの頃、もしもこの方の言動を、自分とは全くの別ものではなく「私のひとかけら」と受け取ることができていたら。

私は退職することもなく、思考の学校の講師をすることもなかったかもしれません。

それはさておき、私がここで言いたいのは、もしも周りの嫌と思う人の言動を全部「自分の中にある嫌な部分を見せてくれているだけ」だと思えたとしたら。

どんな高額セミナーに行くよりも、どんな高額なカウンセリングやセッションを受けるよりも、めちゃくちゃお得ですよ、ということです。

なぜかというと、周りで起こる「嫌なこと」や、私に対して「耳の痛いこと」というのは、実は潜ちゃんからの

ここを見直した方が絶対に幸せになれるから!

という必死のメッセージだからです。

私たちは生きているだけで、職場で誰かと関わったり、YouTubeを見たり、家族や友人との団欒をしたりする中で、実は数えきれないほど、プライスレスなほど、沢山のことを教えてもらっているのです。

  • 身近な人からの(耳の痛い)アドバイス
  • 周りにいる「嫌だ」と思うひと

を素直に聞けたり、自分の「ひとかけら」なのだと思えたら、まさに「生きてるだけで、丸もうけ」状態ではないでしょうか。

なぜなら、生きてるだけで、自分が見直した方が幸せになれることを沢山教えてもらっているからです。

しかも無料で。

これこそ、臨時収入どころではない、揺るぎない収入であり、愛だと思いませんか?

私たちはつい、身近な人からのアドバイスを受け取れなかったり、自分と人を別ものとして考えてしまいがちです。

でもそうではなくて、実はどんな人も自分の思考の「ひとかけら」であり、私を幸せに導くためにわざわざ「教えてくれている」と思えたら、毎日、生きているだけでいかに与えてもらっているか、を感じることができるのではないかなと思います。

見えないものや小さなことに気づける人が豊かになる

常に与えてもらっていることに気づけるようになるには、見えないものや小さいと思えることにも気づけることが大切だと思います。

私が思考の学校・3ヶ月実践講座でお世話になった、はらだみやび先生が教えてくれたこと。

みやび先生の講座を受講された方で臨時収入を得たと話してくださる方にの共通点は、

・500円引きのクーポンなどをお金の変化として認めていらっしゃること

・500円引きが有効になるには1,500円以上のお買物が必要であっても、そのクーポンを手にしたことを心から喜んでいらっしゃること

があげられるとのことでした。

逆にいうと、臨時収入が入らない、変化が起きない、とおっしゃる方は

  • 1,500円以上のお買物しないと500円引きにならないなら、大した変化じゃないよね
  • こんなの、自分が欲しい変化じゃない

としてしまっている方ではないかとも。

私たちは、ついつい、何か「大きな」「わかりやすいもの」に価値を見出しがちです。

もちろんそういったことにも価値があるのですが、一見そうではないことも「臨時収入」として認められるようになると、潜ちゃんは次の臨時収入をもたらしてくれるようになります。

これは、潜ちゃんの「物ごとの大小を認識しない」という性質を活用する思考法です。

何せ潜ちゃん、大きい小さいを区別しないので、どんなに「小さい」と思えることでも、大袈裟なほどに大喜びすることがとっても大切です。

そうすると潜ちゃんは、「おぉ、かおりちゃんが喜んでる!このまま臨時収入を現実化しよう!」と思ってくれるのです。

そして、やがてもっと大きな臨時収入を連れてきてくれるのですね。

ですので、どんな臨時収入も大喜びする。

大きなお金を現実化したい人ほど、ぜひやってみていただきたいです。

  • クーポンをもらった
  • セールのお知らせが来た
  • スーパーで5時を過ぎたら〇%引きで商品が買えた

上記はほんの一例ですが、このように一見「派手な臨時収入」とは思えないものを素直に喜んでいると、次の臨時収入につながっていくというのは、私が自分の体験としてお伝えできることです。

そしてこういったことに気づけるようになるためには、

  • 「実は私たちは沢山与えてもらっているんだ。ありがたい」
  • 「何事も当たり前じゃない。奇跡だよね」

と思える謙虚な気持ち感謝の気持ちを持てることが必要かと思います。

  • 「生きてるだけで丸もうけ」
  • 「生きてるだけで沢山与えられている」

ぜひ、こんな気持ちで毎日を過ごしてみてください。

だって、私たちは本当に、生きているだけでお金も愛もなんでも沢山与えてもらっているのですから。

まとめ

今日は「生きてるだけで丸もうけ」について少し深く考察してみました。

要点まとめ
  • 日常にある「当たり前」に気づくこと
  • その「当たり前」に心から感謝すること
  • すでに与えられていることに気づくこと
  • 何ごとも謙虚&感謝の気持ちで受け取ること
  • どんなことも大喜びすること

こんな風に過ごせたら、人生はもっともっと幸せで豊かな方向に進んでいくはずです。

最後に

「私たちはいつも十分に与えてもらってきた」

これを学ぶことができるのが思考の学校の体験講座や基礎講座です。

講座や開催日程については、コチラをご覧ください。

最後までお読みくださりありがとうございました。

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